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2018.6.5 ECO

いよいよ開催!「庄内緑地夏まつり」ができるまで【前編】

今年の8月11日、第2回目となる「庄内緑地夏まつり」が開催されます。この夏まつりが開催されるまでには、実行委員会メンバーの長年の想いや絶え間ない努力、地元の皆さんの応援が必要でした。そんな開催までの裏話を、西区山田学区の自治会長・稲葉泰司さんと、NPO法人「新しく矢田川花火を進める会」代表の秋山知弘さん2人のキーパーソンからお伺いしました。(本インタビューは前編・中編・後編の3部構成となっています)

【前編】北区と西区、違う場所から矢田川花火を見て育った2人

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それぞれの「矢田川花火」への想い

稲葉さんと秋山さんは、ご出身がそれぞれ名古屋市西区、北区で、生まれも育ちも違います。そんなお2人は、どんなきっかけで出会い、今回一緒に実行委員のメンバーとなったのでしょうか。

稲葉さん:
私は、生まれも育ちもこの西区の山田地区なんですが、社会人になってから転勤で長く離れていて、名古屋に戻ってきたのは50歳になる前くらい。戻ってきてからも、特に地域の活動に関わることはありませんでした。定年退職した後に、自治会の会計という仕事に関わるようになって、そのご縁で、一昨年から自治会長をしています。

秋山さん:
私は北区生まれで、生まれた頃から地元で開催された矢田川花火(※)を見て育ってきました。学校を卒業して、家業を継いで仕事をしていた2005年の夏、矢田川花火が一旦休止ということになりました。「きっとまたすぐ復活するだろう」。漠然とそんなふうに思っていたのですが、2006年になっても、2007年になっても復活しない。「このままでは完全になくなってしまう」という危機感を感じましたね。そこから、自分たちで花火大会を復活させる活動を始めました。

そんな、生まれた土地も世代も違うお二人にとって、矢田川花火とはどんな存在だったのかを伺いました。

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秋山さん:
小さい時におばあちゃんに手を引かれてお祭り会場に行った記憶がありますね。あとは、バイトの先輩に場所取りさせられたとか(笑)。この矢田川花火だけでなくても、「花火大会といえば”初恋の子とデート”とか”友達とみんなで夜遊び”」みたいなエピソードって、多かれ少なかれ、みなさん持っていると思います。でも、そういう思い出以上に、自分にとっては生まれてからずっとあるものだと思っていたから、ある時急になくなってしまったということには、寂しいものを感じましたよね。

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稲葉さん:
矢田川花火といえば、高校時代に行った覚えがありますね。当時の先輩が、矢田川花火大会の会場近くに住んでいて、先輩の家で見ましたね。あとは、結婚したての頃。夫婦で自転車を漕いで庄内川の河川敷に行って、そこから花火を眺めた思い出があります。

北区と西区。お二人は、それぞれの「矢田川花火」を思い出しながら楽しそうに語ってくださいました。そんな矢田川花火大会が中止になってから、どのようにしてこの夏まつりを開催するに至るのでしょうか。

(中編に続く)

 


(※)矢田川花火:名古屋市北区の矢田川周辺で開催されていた大規模な花火大会。正式名称は「全国選抜名古屋大花火」。1964年から開催され、長く名古屋市民に愛されてきた花火大会でしたが、2004年を最後にこの花火大会は終了した。

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